11/06/2026
文を書くのはおもしろい。
こうして人様に見せる以上、笑えるものがいいと思っている。
本音とも虚構ともつかないものがいい。
それでは今日も垂れ流します。生まれてすいません。
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自分が求められる場所というのは、だいたい空気でわかる。
こちらが無理に話を回さなくても場が動くとか、何かひとつ持っていくと素直に喜ばれるとか、その程度のことだ。
若い頃は鈍かったが、おじさんになると妙に敏感になる。
「あれ、これ、お呼びでない?」
などと思う。
実際には呼ばれているのかもしれないし、呼ばれていないのかもしれない。だが、おじさんはそういうことを考える生き物なのだ。
そして、そういう場所にしばらく行けていないこともわかっている。
もっとも、それで困ることもない。
よく眠れるし、人の面倒な話に巻き込まれない。誰かの警察沙汰だの革命的錬金術だのを聞かされずに済む。
平和だ。
平和だが、待っていても何も始まらない。そのことにも気づく。
求められる場所がないのではない。
誰も新しく作ってくれないだけである。
考えてみれば当然だ。
おじさんに対して「あなたの能力と経験を最大限に発揮できる環境をご用意しました」などという話はまず来ない。
来るのは投資用マンションか光回線の乗り換えくらいだ。
したがって、今さら場所探しでもあるまい。
作るしかないのである。
人間というのは存外に勝手なもので、面白そうなことをやっている人間のところには勝手に集まる。
反対に、必要とされたい人間のところからは、わりと露骨に離れていく。
なぜかは知らない。
知らないが、だいたいそうなっている。
だから、自分がやりたいことを勝手にやるしかないのだろう。
その結果として、たまたま誰かの役に立てば結構。
役に立たなければ、それはそれで結構。
少なくとも光回線の営業を待つよりはおもしろい。
そのくらいでよかろう。
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片付けをして、店が少しだけ広くなりました。
ちょっと一杯からどうぞ。
お待ちしております。