BAR Wednesday at HATCH

BAR  Wednesday  at HATCH 曜日毎にマスターが代わるバーの水曜日【Bar Wednesday HATCH】
※年末年始、夏期休暇を除き、毎週水曜日営業です。

【Bar Wednesday】at HATCH
毎週水曜日にだけ営業するBAR、Wednesday。
浅草の古いビルの1階で2013夏OPENしました。
2階~4階・屋上を様々な用途で展開するこのビルには、様々な人間が集まります。
大人の愉しい時間をゆったり過ごせる、新しい仲間に出逢える、そんな“水曜日”を提供いたします。ドリンクとおつまみを用意して、毎週水曜日に皆様にお逢い出来ることを楽しみにお待ちしております。

■ 毎週水曜日営業(※年末年始、お盆、GW、SWは問い合わせ下さい)
■ OPEN20;00 CLOSE5;00 (LAST ORDER 4;00 )
■ No charge
■ Drink : ¥600~
■ フード提供はありません。持ち込みOKです(No charge)

※HATCH公式FBより一部抜粋
2013年にスタートしたアートプロジェクト【H

ATCH(ハチ)】
HATCHは“孵化する”の意味。様々なクリエイターのプラットフォーム。
ARTの気鋭高まる下町浅草にある地上4層/地下1層の古いビルを丸ごとReしたアートコンプレックス。
各フロアをカフェ、ギャラリー、アトリエ、バーとして展開中

四半期で一番笑った水曜日夜でした(笑)今夜も沢山のお土産と春便り、ごちそうさまでした(^O^)また来週、同じ曜日、同じ時間、同じカウンターで!!
16/03/2016

四半期で一番笑った水曜日夜でした(笑)今夜も沢山のお土産と春便り、ごちそうさまでした(^O^)また来週、同じ曜日、同じ時間、同じカウンターで!!

【浅草の魅力 その7】◾人力車◾鎌倉と京都と浅草ってイメージありますよね!今更ですが日本が発祥とは知りませんでした(汗)~人力車の歴史~現在世界中で使われている人力車の起源は、1868年頃の明治初期の日本であると考えられています。 当時の日...
12/03/2016

【浅草の魅力 その7】
◾人力車◾
鎌倉と京都と浅草ってイメージありますよね!今更ですが日本が発祥とは知りませんでした(汗)
~人力車の歴史~
現在世界中で使われている人力車の起源は、1868年頃の明治初期の日本であると考えられています。 当時の日本で発明された人力車は、それ まで使われていた駕籠より速く、馬よりも人間の労働コストのほうがはるかに安かったため、すぐに人気の交通手段になりました。
 横に並べた2つの輪を持つ車に人を乗せ、一人が引いて移動するものです(急ぎの時は二人以上で引く人と押す人の場合もあった)。人力(じんりき)、力車(りきしゃ)とも呼ぶこともあります。人力車を引く人を俥夫(しゃふ)、または車夫、車力(しゃりき)と呼ぶ。乗員(乗 客)は1人乗りのもの、2人乗りのものがあります。過去に日本において庶民的な交通手段として使われていた時代においては1人乗りのものが多いです。

~現在の人力車~
現在は主に観光地での遊覧目的に営業が行われています。当初、京都、鎌倉といった風雅な街並みが残る観光地、または浅草などの人力車の似合う下町での営業が始まり、次第に伊豆伊東、道後温泉といった温泉町や「無法松の一生」にちなむ門司港、有名観光地である中華街などに広がっていきました。観光名所をコースで遊覧し、車夫が観光ガイドとして解説してくれるものが一般的です。

【浅草の魅力 その6】◾浅草花やしき◾今回の文章は長文ですが、読んだら歴史の長さ深さに驚きました。行きたくなります!(HPより抜粋)1853年(嘉永6年)に千駄木の植木商、森田六三郎により牡丹と菊細工を主とした植物園「花屋敷」が開園した。当...
05/03/2016

【浅草の魅力 その6】
◾浅草花やしき◾
今回の文章は長文ですが、読んだら歴史の長さ深さに驚きました。行きたくなります!
(HPより抜粋)

1853年(嘉永6年)に千駄木の植木商、森田六三郎により牡丹と菊細工を主とした植物園「花屋敷」が開園した。当時の敷地面積は約80000m2だった。江戸期は茶人、俳人らの集会の場や大奥の女中らの憩いの場として利用され、ブランコが唯一の遊具だった。

明治に入り浅草寺一帯を浅草公園地とした際、花屋敷は奥山一帯と共に第五区に指定された。しかし敷地は縮小し、1885年(明治18年)に木場の材木商・山本徳治郎(長谷川如是閑の父)とその長男・松之助が経営を引き継ぐ。翌年、勝海舟の書「花鳥得時」を入口看板として掲示した。

この頃でも利用者は主に上流階級者であり、園内は和洋折衷の自然庭園の雰囲気を呈していた。しかし、徐々に庶民にも親しまれるようトラ、クマなど動物の展示などを開始したり、五階建てのランドマーク奥山閣を建設し、建物内に種々の展示物を展示したりした。浅草が流行の地となるにつれて、この傾向は強まり、動物、見世物(活人形、マリオネット、ヤマガラの芸など)の展示、遊戯機器の設置を行うようになった。

大正から昭和初期には全国有数の動物園としても知られ、トラの五つ子誕生や日本初のライオンの赤ちゃん誕生などのニュースを生んだ。関東大震災の際は罹災民が集ったため、多くの動物を薬殺した。

戦時下において徐々に規模を縮小し、まず1935年(昭和10年)に仙台市立動物園に動物を売却し、事実上閉園。1939年(昭和14年)、須田町食堂(「聚楽」)が買収し、名称も食堂遊園地浅草楽天地に変更。

1941年(昭和16年)には松竹が経営に当たることとなり、劇場楽天地に改称。合資会社浅草花屋敷が設立され、天野鉄男が支配人に就任。劇場や映画館と共に再度遊戯施設が設けられたが、1942年(昭和17年)には強制疎開によりついに取り壊された。
終戦直後、敷地内は不法占拠されていたが、1946年8月に東京都から合資会社浅草花屋敷に対する借地権の回復が認められる。それでも不法占拠は継続されていたが、天野は当時、あらかわ遊園や豊島園も受託していた実績があった東洋娯楽機の山田貞一に共同経営を持ちかけ、山田の尽力で何とか敷地が回復。1947年(昭和22年)春に遊園地「浅草花屋敷」として再開園。2年後には東洋娯楽機に経営自体が委ねられ「浅草花やしき」と改名。のちの花やしきの園長を務めた高井初恵(山田の娘)の夫である高井清が支配人に就任した。

そして1953年(昭和28年)のローラーコースター、1950年(昭和25年)のBeeタワーなど現在もあるアトラクションが登場し始めた。天野の関係する中映も園内に植物園を設置していた。長らく入園料を取らず、利用する施設ごとに回数券などで料金を支払う形を取っていた。

しかしながら、近隣の場外馬券場から流れた労務者達が園内を占拠し、また彼らが泥酔状態であることも少なくなかったため、園内の風紀が乱れており、運営上悩みの種だった。
併設していたゲームセンターが少年達のたまり場となっていた点を浅草警察署から勧告を受けていたことと、またもともと収益が上がりにくいことを理由に1985年(昭和60年)の風営法改正に伴い回数券とは別に入園料の徴収を開始した。有料化しても懸念していた客足は衰えはなく、むしろ風紀絡みの悩みが一掃できた。

1996年(平成8年)3月、日本初となるタワー型垂直打ち上げ式アトラクション「スペースショット」がオープンした。

2004年(平成16年)にトーゴ(旧・東洋娯楽機)が会社更生手続きの開始を申し立てたことにより、地元浅草の企業としてバンダイグループが支援に乗り出すこととなり、バンプレストの子会社、株式会社花やしき(株式会社ピアザ・サービスより改称)が8月31日にその事業を承継した。
なお、トーゴに経営を委ねた元の地権者である合資会社浅草花屋敷は、その後長らく休眠会社となっていたが、2002年(平成14年)、株式会社松竹シネマエンタープライズに改称して松竹系地方映画館の経営会社に業態変更。2006年(平成18年)2月28日、経営していた映画館全てを閉鎖して会社を解散した。

2005年(平成17年)、芸能スクール「花やしきアクターズスタジオ」が開設される。2007年(平成19年)3月10日には、10年ぶりの大型アトラクション「DISK-O」がオープンした。バンプレストの事業再編に伴い、2008年(平成20年)4月1日をもって直接の親会社がナムコに移行した。

同年3月には、花やしき通り沿いに、遊園地に入らなくてもショーが楽しめる「大江戸ステージ」がオープンした。

同年8月には、大江戸ステージ横にあさくさFMが開局した。

2008年(平成20年)、多目的ホール「花やしき座」が開館。

2010年(平成22年)、ホンモノの亡霊が出るなど、いわくつきの噂が流れていたことでも有名の花やしきの名物アトラクション「お化け屋敷」(旧)の営業を、1月11日に終了していた。また、同日に「秘宝の砦 ミラクルストーン」の営業も終了した。

2011年(平成23年)3月、旧お化け屋敷跡地に3階建ての新しいビルがオープンした。また、その中にある新お化け屋敷「お化け屋敷 ~桜の怨霊~」も同時にオープンした。

2016.02.29.はい!うるう年!四年に1度の2月29日です!何だか得した気分です。
28/02/2016

2016.02.29.はい!うるう年!四年に1度の2月29日です!何だか得した気分です。

【浅草インフォメーション】◾江戸流しびな◾いよいよ春の足音が少し聴こえてきますね!◾開催日程:平成28年2月28日(日)◾開催場所:隅田公園 吾妻橋付近子どもの無病息災をひな人形に託し、川に流す「流しびな」は、春の訪れを告げる隅田川の風物行...
26/02/2016

【浅草インフォメーション】
◾江戸流しびな◾
いよいよ春の足音が少し聴こえてきますね!
◾開催日程:平成28年2月28日(日)
◾開催場所:隅田公園 吾妻橋付近
子どもの無病息災をひな人形に託し、川に流す「流しびな」は、春の訪れを告げる隅田川の風物行事となっています。
隅田公園 吾妻橋付近へは、
東京メトロ銀座線  浅草駅 徒歩3分
東武スカイツリー線 浅草駅 徒歩3分
都営地下鉄浅草線 浅草駅 徒歩5分
江戸流しびなの写真
江戸流し雛振興会(ディースリー株式会社)
電話:03-5826-4671

【浅草インフォメーション】◾浅草西地区アイドルまつり◾(浅草西地区商店街協議会)※HPより抜粋※【主催】浅草西地区商店街協議会【日時】平成28年2月22日(月曜日) 10時45分~20時【場所】浅草公会堂(浅草1丁目38番6号) 【内容】若...
21/02/2016

【浅草インフォメーション】
◾浅草西地区アイドルまつり◾
(浅草西地区商店街協議会)
※HPより抜粋※

【主催】浅草西地区商店街協議会
【日時】平成28年2月22日(月曜日) 10時45分~20時
【場所】浅草公会堂(浅草1丁目38番6号) 
【内容】若手アイドルグループが一堂に会するライブイベントが、浅草公会堂を舞台に行われます。入場料無料ですので、みなさま是非お越しください!出演者やタイムスケジュールなどのイベント詳細は、ホームページをご確認ください。
【お問い合わせ】03-3841-9606(東洋興業株式会社)

【浅草の魅力 その5】◾浅草公会堂◾1977年に、こけら落としが行われた。毎年1月に新春浅草歌舞伎が開催されるほか、浅草芸能大賞、漫才大会(年忘れ漫才競演公開録画)などが開催されるほか、映画の上映会、舞踊などが主に開催されている。年末年始と...
20/02/2016

【浅草の魅力 その5】
◾浅草公会堂◾
1977年に、こけら落としが行われた。毎年1月に新春浅草歌舞伎が開催されるほか、浅草芸能大賞、漫才大会(年忘れ漫才競演公開録画)などが開催されるほか、映画の上映会、舞踊などが主に開催されている。
年末年始と1月の大半は新春浅草歌舞伎が開催されるため、一般での利用はできない。設計は日建設計。

住所

浅草6-1-16 1F
Taito-ku, Tokyo
111-0032

営業時間

20:00 - 05:00

電話番号

03-6240-6969

ウェブサイト

アラート

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