05/09/2026
今週、山下達郎さんの1984年〜2012年の貴重なライブ映像
『山下達郎シアター・ライヴ PERFORMANCE 1984-2012』。
ソロデビュー50周年を記念した上映を、観に‥。
昔、神戸の親和高校に通っていた頃、
帰り道に寄る『コーダ』というお店では、
いつもサーファーのお兄ちゃんがアナログ盤をかけてくれて、
達郎さんのアルバムをよく聴いた。
独特なスパイスの効いた
『コーダ』のチャーハンと、アイスティーと達郎さん。
16歳だった。
20歳になって、
親和高校で組んだレディースバンドWIPE OUTが初東京進出。
新宿ルイードに出演。
バンに機材を積み込んで神戸を出発🚙
夜走りして、本番。
緊張し過ぎて、ステージでの感覚は、
事故る直前のmovieを観ているような、
ゆっくりなコマ送りみたいだった。
あれを超えるライブは未だ、無い。
ひとり、『結晶』と名付けた。
メンバーみんなで
「原宿ってとこ」を歩いてみた🗼
22歳。
ディレクターからオーディション落選を告げられ、
帰り支度をしていた何処の馬の骨ともわからない神戸の娘を、
村田和人さんが
「あの子だよ」
と、選んでくださった。
村田さん率いる『Honey & B-Boys』のHoneyに☀️
東京で初めて、プロのRECを経験させてもらった。
1986年。
今回の映画に映る、山下達郎さんの『PERFORMANCE ’86』と同じ年だった。
この映画の最初の方で、
癌で亡くなった村田和人さんが、
達郎さんのコーラスで、あの頃のまま歌っていらっしゃる姿を観て、
「ああ、この同じ年、私は村田さんとRECしていたんだ」
と思ったら、
体から力が抜けてしまった。
しかも、そのコンサートを私はリアルで観ていたものだった。
同時に、
何も変わっていない達郎さんに驚愕しながら、
勝手に自分の人生の歴史と重ね合わせて、
「この年は自分は○歳で……」
と思い出しながら観ていた。
そして、竹内まりやさんが華麗にコーラスで参加されているステージ。
あ……
あれから私はソロデビューし
結婚をしたんだ。
そして、私の結婚式の披露宴で、
山下達郎さんと竹内まりやさんご夫妻に
歌っていただいたこと。
あの時、お二人に祝福していただいたことの重みを、
今になって、ずっしりと感じた。
まりやさんの祝辞を思い出していた。
「女性シンガーソングライターは、
音楽プロデューサーと結婚するのが
1番幸せです」
のちに楽屋で、まりやさんが笑顔でおっしゃったお言葉も。
「娘さん、おいくつ?」
「2歳の声を聞いたら楽よ。
小学校終えたらもっとね」
まりやさんに言われると、信憑性があり過ぎて、
それだけをひたすら信じ、
子育てしながら、自分なりにだけど音楽を続けた。
うまくいかなかったことも、
手放した色んなものも、
全部思い出してしまった。
そして、
自然災害に見舞われた日本の状況の中、
コンサートを開催された時の、
達郎さんのMCと歌にも、深く感銘を受けた。
自分がやりたかったことは、コレだったんだ、と。
平松愛理なんて規模は全然小さいけれど。
このシアター・ライヴを見終わった時、
映画館の座席から立てなかった。
音楽と共に生きる。
その人の音楽と共に生きる。
この二つのことを同時に、
改めて教えてもらった。
貴重な2026年の夏の思い出となった。
咀嚼するのに、
私には時間が必要です。
山下達郎さん。
その音楽に。
そして、その存在に。
ありがとうございました。
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#ハニーアンドビーボーイズ #山本圭右
#西司
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