20/06/2020
皆様へ
https://camp-fire.jp/projects/view/269187
クラウドファンディングが、いよいよラスト6日になりました。
現在123名様のご支援のおかげで900,500円まで集まっております。本当に感謝しております。
ただ、本当のところを言うと、まだまだ資金としては足りないのが現状で、ネクストゴールは100万円です。
支援金はクラファンの終了後手元に入るのは7月末です。
制限つきの営業が続く中、あと1ヶ月踏ん張れるか。その後も継続できるか。それはまだわかりません。
ここからはかなり厳しい戦いになるかとは思いますが、最後まで諦めずに頑張ります。
みなさま引き続き、応援、支援、冷やかしなんでも良いので関わっていただけたら嬉しいです。
そこで、クラウドファンディング最終日に向けて最後のお願いです。
支援リターンの1番上に、寄付や募金のような形の「いいからとっとけよ」という
●お気持ち支援2,000円のリターンがあります。
もし宜しければ追加のリターンをお願いします!
また、知り合いやSNSなどで、このクラウドファンディングがある事を広めて頂けないでしょうか。
残すところ僅かのSCALEの挑戦とお願いです。
どうか宜しくお願い致します!○rz
今日は僕の中で思い出深い森口博子さんの「ETERNAL WIND」のお話。
男が好きだということで幼少の頃から悩みながら大人になり、大学生の時初めて知った2丁目。同性愛者という存在自体が世の中に全否定されていた時代故、自分を誤魔化しながら偽り続けてきた限界がピークに達した21歳の頃、僕は今まで生きてきた自分の大切な家族も友も生活も全て捨てて家出した。自分が自分らしく嘘をつかずに生きていける唯一の場所2丁目でこれからの人生を生きて行こうと決めたんだ。
バブルの名残当時の2丁目は割と多くの店が住み込みみたいな環境が整っていて、2丁目に転がり込んて働いてる迷える仔羊達は沢山いた。ママに気に入られればママの家に厄介になるか部屋を用意してくれるか等、住む所もあって家出少年が働いてる店も沢山あった。僕の働き始めた「あざみ」は寮があったから、僕はそこに住まわせて貰えた。おかまのタコ部屋だった。同じ悩みを抱えた人達が安心して生きられる街。「あざみ」というホモバー。これから頑張ろうと思った。
ただ、実際勤めたのは新規オープンする姉妹店「HOT LINE」という女装バーだった。「新しくお店出すからあんたはそっちでお願いね。女装出来るわよね?」じ、女装??
ホモバーで働きたかったのに。
嫌だった。いや、数回程度女装したことはあったし嫌でもないけど、毎日女装で働くなんて想像もつかないし。僕ホモだし。男として男が好きだし。でも僕には悩む選択権はなかったから即承知した。なぜ?もううちには帰らないと決めていたから。もう戻らない。戻れない。
どんな先が待ってるかなんてその時は関係なかった。
当時は携帯なんかないから、連絡を取ろうにも取りようがない。いったんフラッといなくなったらそれは行方不明者だ。
働き出して2年ほどは、唯がむしゃらに働いた。気付いたら自分はすっかり2丁目の住人になっていた。時と共に、世話をしてくれた先輩達はいづれひとり消えふたり消え、後輩が後から続々増え、そしてまた消えていった。どこへ消えていったんだろう。そうして僕は店の中ではいつしか古株になっていた。
仕事は毎日が楽しくて新鮮で充実していた。様々な仕事や人生の大人達が様々なことを教えてくれた。
そんなある夜のこと。お客様もママも従業員も誰もいないひとりきりの時間があり、カラオケを歌ってたらこの曲の途中2番のサビ後の間奏で急に涙が込み上げてきて、胸がつまった。僕は泣きながら歌った。
それが森口博子さんの「ETERNAL WIND」だった。
現実から逃げて2丁目に転がり込んでしまった自分。愛情いっぱいに育ててくれた両親を裏切り悲しませてしまったこと。戻りたい。でも戻れない。2丁目は僕に生きる希望をくれたけれど、それと同時に母を、父を悲しませてしまった。家出をした事で悲しい形でのカミングアウトになってしまった。1度にふたつの悲しみと心配と、その後は諦めを与えてしまった。その後悔の念が拭えないことが、逆に僕を仕事に没頭させた。後に父から聞いた話だが、僕が行方不明になってから、母は何日も何日もも夜毎泣いていたと。
それから時代が変わり、父と母は僕の健康だけを願うようになり、年に何度かは田舎に顔を出している。
あれから30年が経った。
いつも楽しく笑いながら、僕が何故かふと淋しそうに見える時があるのは、そんな過去から現在の自分を未だに堂々とは胸を張れないからかもしれない。
あの夜は、走り始めてしまった自分がふと立ち止まらされ、でももうこの道を進むしかないと決めた自分を改めて実感した夜だった。
「まぶたを閉じれば帰れるの 暖かな時間 思い出たち
くりかえすあやまちがいつも おろかな生き物に変えてく
傷つくだけの生き方でも
涙はそうよ 決して見せないわ」
この歌に涙したそれからもずっと僕は家族を愛し、申し訳ない気持ちを抱えながら、そして2丁目で出会う人達に助けられ喜びを貰っています。