18/03/2026
(いつも言い続けているが、町工場のむすこの阿部は貴族系生産者がダイスキ)
ギミックの第一印象は「!?」から「!」だった。主役のマリーノさんでさえ。
「ちゃんとした生産者イベント」を期待してる人たちにとっては
「くだらない」って思うだろうな、きっと。
100均のミニ色紙に、マジックの手描き。
そこにスポイトに入れた赤ワインを、「血」に見立てて聖人のカードに注いでいく。
吉祥寺のダイソー原料100%で
参加者全員を無理やり「組織の構成員(ファミリー)」にする、
マフィア映画さながらの入会儀式。
久我山・ルネッタでの「タスカ・ダルメリータ」のイベント。
きっと阿部式メーカーズイベントを知るYOUたちは「まいどのことか」って思うけれど
これは単なるSNS向けの「映え」用の写真撮影ガジェットではなかった。実際。
その夜、当主のアルベルトさんは丸の内のアンティカオステリアデルポンテにて
映画「山猫」めいたスペクタクルなやつをやってた。
身体のあいたブランドアンバサダーのマリーノさんと一緒に「裏番組」を
やってくれないか?…という新インポーター、メモスさんの依頼が
今回のミッションのスタート。ABEOS🄬がはじき出したプロットは
シチリアの貴族系生産者トップだからこそ
「ラグジュアリーとストリート」が「同時進行」で展開してる…
それを表現してみたかったンダ…
前日、アカデミーデュヴァンで行われた、当主アルベルトさんによる「タスカ・ダルメリータ」マスタークラス。
もちろん、アルベルトさんは大いにタスカのワインの今昔について語ってはくれてたんだけれど
阿部がのめり込むようにして聞いてたのはそこじゃなかった。
社交界結婚したい男NO1を誇ったアルベルトさん(ヒューグラント似)の語りは
単なるワインの解説ではなく、イタリア貴族の美学「スプレッツァトゥーラ(計算された無造作)」そのものだった。
日本の茶道には「重きを軽く、軽きを重く」という教えがある。
重い釜を羽根のように扱い、軽い茶杓を命のように重んじる。
アルベルトさんの振る舞いは、まさにそれだった。
1830年から続く200年の歴史や重圧(重いもの)を「おばあちゃんの逸話」の軽快さにしか聞こえない親しみやすさにし
3,000円のエントリーライン(軽いもの)を、フランス貴族の矜持としてみんながよく知る
「ノブレスオブリージュ」めいたシチリア農業の尊厳を背負った一本として、トップキュヴェと同じ熱量で語る。
一見こういう見せ方は日本人の僕らの感覚にもありそうだけれど、
これは茶道のような「修行の末の無」とはむしろ真逆のセンスだ。
歴史も物量もすべて自分の血肉として飲み込み、巨大な器で乗りこなす、圧倒的な「自負」から来る自然体なのだ。
正直、これまで日本市場でタスカの真価がドロップできていなかった理由はここにあるんじゃないかな…
テイスティングの後半に差し掛かった時に直感的に阿部はそう感じたんだ。
序列や型を求める日本的な市場価値観では、彼らが包括的・シームレスに提示する「余裕と軽さ」が、
単なる「安旨の物量」に塗りつぶされて見えてしまうからだ。
必死さを見せることを「アフェクタシオン(気取り)」として退ける名門の矜持。
金看板のロッソ・デル・コンテを、彼らは屋台のモツ焼き(スティッギオーレ)で流し込む。
その「重たいものを軽く扱う」自由さこそが、タスカのワインを貫くあの凛とした「清涼感」の正体なのだと思う。
だけれど膨大な量のカジュアルさを「売り切らねばならないタスク」にしてしまうと
「スプレッツァトゥーラ」はグラスの中では輝かない。
だから今までタスカダルメリータの「貴族の矜持」はジャパンの僕らに「正しく」認識されてなかったんじゃないかな?って
だからこそ「ファミリーの儀」を通して
エントリーライン勢ぞろいのプレゼンテーションにあっても
彼らの持つ「精神の構造」を飲んでもらえていたら嬉しかったな、って。
参加してくれたYOUはどう感じてくれたかな?
と、こんな「初対面でぶっこんだらダメなやつ」を
文脈ごとバッチリセーブ&みんなが一つになるアツいプレゼンをありがとうございました!マリーノさん!