Gustare(グスターレ)

Gustare(グスターレ) Wine makes life’s journey a little brighter. Gustare(グスターレ)はイタリア語、味わうように楽しむと言う意味です。

ヨーロッパ大陸の美しい半島イタリアをワインで旅しましょう。Gustareはイタリア全20州の銘醸地から厳選するワインをお届けします。

Gustare(グスターレ)はイタリア語、味わうように楽しむと言う意味です。
ヨーロッパ大陸の美しい半島イタリアをワインで旅しましょう。Gustareでイタリアの銘醸地から厳選するワインをお楽しみください。

ワインは人生という険しい道のりをちょっと元気にしてくれる美味しい飲み物なのです。
Il vino addolcisce il cammino della vita.

01/06/2026

ヴァルマッジョーレ

「なぜ巨匠は、バローロではなく、この砂の斜面を選んだのだろう?」
――Langhe (ランゲ)の王達を知り尽くしたあのブルーノ・ジャコーザが、
なぜ、タナロ川の向こう側を見つめていたのか。
ボトルを目の前にして、そんな贅沢な疑問が頭をよぎる。
しかもそこは、
重厚な泥灰土でもなければ、
威厳をまとった峻烈な丘陵でもない。
風が吹き抜け、
柔らかな砂が崩れ、
夕暮れには光までがほどけてゆくような場所。
Valmaggiore(ヴァルマッジョーレ)。
その名は確かに、ラベルの特等席に刻まれている。
だが与えられた格付けは、
どこまでも曖昧な Nebbiolo d’Alba (ネッビオーロ・ダルバ)のまま。
まるで、世界からあえて定義されることを拒んでいるかのように見える。
本来なら、
彼がこんなワインを造る必要などなかったのではないか。
Barolo (バローロ)がある。
Barbaresco (バルバレスコ)がある。
歴史も、名声も、彼自身の手で完成させた最高峰の階級があるのだから。
それでもなお、彼はこの砂の斜面に惹かれた。
そこに一体、何を見ていたのだろう。
ボトルを前に、私は想像を巡らせる。
そこにはきっと、巨大な城郭のような構造はない。
香りは天高く漂い、
輪郭は風のように軽やかで、
味わいは触れた瞬間に、あわく遠ざかるのではないか。
なのに、なぜか記憶だけが鮮烈に残り続けるような、そんな予感がする。
その佇まいは、
ピエモンテの「厳格なネッビオーロ」というよりも、
ただ一つの区画の個性にすべてを捧げる、ブルゴーニュのクリュの思想に近いのかもしれない。
土地の格式ではなく、
その場所にしか宿らない“気配”そのものを追い求める狂気。
だから Valmaggiore には、
どれほど理詰めで語っても説明しきれない熱があるように思えてならない。
理論ではない。
戦略で�

24/05/2026

Pio Cesare Barolo 1973
半世紀を超える時間を閉じ込めた一本

1881年創業のPio Cesareは、バローロという名前がまだ今ほど世界的ではなかった時代から、ランゲの伝統を静かに守り続けてきたワイナリーだ。
流行に迎合しすぎず、時代を越えてもなお「バローロらしさ」を失わないその姿勢は、この1973年の一本にも確かに息づいていた。

古代ローマの城壁に寄り添う、アルバ旧市街唯一の歴史的カンティーナ。
友人が生まれたその年、ランゲでは葡萄が収穫され、後にこの一本となるワインもまた静かに産声を上げていた。

グラスに注ぐと、色は夕暮れのような深い琥珀を帯びたガーネット。中心にはまだ赤みが静かに残り、外縁はオレンジからアンバーへと繊細に移ろっていく。その「赤の記憶を残した琥珀感」には、長い時間を美しく生き抜いたネッビオーロだけが持つ気品があった。
1973年という年月を感じさせながらも液体は驚くほど透明で、疲れた古酒に見られる濁りや痩せた印象がない。ボトル越しの光には、ネッビオーロ特有の燃えるようなオレンジが静かに浮かび上がり、若いバローロの紫がかった力強さとはまったく異なる、時間だけが作り出せる色彩になっていた。

香りは決して雄弁ではない。けれど口に含むと、長い年月だけが生み出せる複雑さが静かに広がっていく。まだ果実の記憶を残しながら、枯葉、紅茶、乾いた薔薇、土、時間そのもののような余韻へと続いていく。

強さを誇示するのではなく、長い余韻で語るワインだった。

一本の古酒は、ただ古いだけでは成立しない。
造り手の誠実さ、保管した人々の配慮、偶然の積み重ね、そして開けるべき日に出会う運命。そのすべてが揃って、初めてグラスの中に時間が蘇る。

この夜に出会えたこと自体が、ひとつの奇跡だった。

1980年代のランゲ。そこではまだ、エリオ・アルターレたちより上の世代が築いた、重厚で厳格なクラシック・バローロが絶対的な存在だった。長い熟成。大樽。若いうちは閉じて硬いネッビオーロ。それが、この土地の誇りだった。だが若い世代は、ブルゴーニ...
20/05/2026

1980年代のランゲ。
そこではまだ、エリオ・アルターレたちより上の世代が築いた、
重厚で厳格なクラシック・バローロが絶対的な存在だった。

長い熟成。
大樽。
若いうちは閉じて硬いネッビオーロ。

それが、この土地の誇りだった。

だが若い世代は、
ブルゴーニュや外の世界に触れ、
別の可能性を知ってしまう。

果実の鮮やかさ。
しなやかさ。
今を語るワイン。

アルターレたちが持ち帰ったのは、
単なる新技術ではない。

「ワインは変わってもいい」
という思想だった。

そして1990年代。
そんな時代の空気の中から生まれたのが、
L’Insieme ― 「共に」。

ネッビオーロだけに縛られず、
バルベーラやシラー、カベルネも混ざり合うこのワインは、
伝統派でもモダン派でもなく、
境界線の上から生まれたワインだった。

エチケットに並ぶ横顔は、
関わった生産者たち自身を表している。

皆が同じ未来を見ているようにも見えるその姿は、
このワインが単なる一本ではなく、
時代の連帯から生まれたことを静かに語っている。

L’Insieme が残したものは、
新しい正解ではなかったのかもしれない。

むしろ、

「正解は一つではない」

という自由の感覚を、
ランゲに静かに残したワインだったように思える。

今、ランゲは再びクラシックへ向かっている。
けれどその自由は、
かつて誰かが境界線を越えたからこそ、
生まれていったものなのかもしれない。

’insieme



Paleo 2006 を飲みながら、私はずっと一つの疑問を抱いていた。カベルネ・フランという品種は、本当にフランスだけのものだったのだろうか。Loire や Bordeaux に偉大な歴史があることは理解している。しかし、このワインにある陽...
12/05/2026

Paleo 2006 を飲みながら、
私はずっと一つの疑問を抱いていた。

カベルネ・フランという品種は、
本当にフランスだけのものだったのだろうか。

Loire や Bordeaux に偉大な歴史があることは理解している。
しかし、このワインにある陽光、奥行き、官能性、そして自由さに触れると、
むしろイタリアの土地こそが、この品種を解放したのではないかと思えてくる。

Paleo は単なるスーパータスカンではない。
フランスを模倣したワインでもない。

これは、イタリアワインが
“追う側”から“創る側”へ変わった時代の証言だ。

そして、その瞬間を飲みながら見届けている自分もまた、
小さな歴史の証人なのだと思った。

気づけばイタリアワインは、
もうフランスを追いかける存在ではなくなっていた。

Paleo 2006 には、
そんな時代の静かな転換が刻まれている。






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イタリアワイン

07/05/2026

この「Banino」というワインは、どこか時間の流れから少し外れた場所にあるような印象を受ける。

ラベルに描かれた鳥や古風な書体、抑えた色調。それらは強く語るわけではないが、静かに過去を指し示しているようにも見える。鳥はおそらく畑名「Vigna La Merla(クロウタドリの畑)」に由来するものだろうが、それも説明というより、この土地に根付いた名前がそのまま残っているように感じられる。

このワインが生まれるSan Colombano al Lambroは、ミラノ近郊の平野の中にぽつりと現れる丘にある。その限られた場所だけが今も畑として残っているという事実は、偶然というより、残そうとされてきた結果のようにも思える。

生産本数の少なさや単一畑という要素も、単なる希少性ではなく、この場所でしか成り立たない何かがそのまま瓶に収められている、そんな感覚を伴う。

グラスの中では、熟した果実の奥に乾いたニュアンスや陰影が重なり、輪郭を主張するというより、ゆっくりとほどけていく。力強さもどこか内側にとどまるように感じられる。

変わり続ける都市のそばで、変わらないものがある。



#ミラノのワイン
#イタリアワイン

山の気配をまとう、フランチャコルタ後編あの土地の輪郭は、そのままこの一本に現れる。ZERO UNO Franciacortaメトド・クラシコ、ドサージュなし。甘さで整えず、ブドウと土地だけで完結させるスタイル。味わいはまっすぐで、硬質。柑橘...
04/05/2026

山の気配をまとう、フランチャコルタ
後編
あの土地の輪郭は、そのままこの一本に現れる。
ZERO UNO Franciacorta
メトド・クラシコ、ドサージュなし。
甘さで整えず、ブドウと土地だけで完結させるスタイル。

味わいはまっすぐで、硬質。
柑橘、白い花、チョークのようなミネラル。
そして、わずかな塩のニュアンス。

削ぎ落とされているのに、薄くはない。
むしろ、輪郭がはっきりしている。

造り手であるAndreaと、その隣にいるAnna。
家族とともに、この土地で静かにワインを育てている。

実は彼らは、自分にとって大切な友人でもある。

この夕景を日常にしている人たちがいる。
その時間の積み重ねが、ワインの奥行きやスケールとして、静かに現れているように感じる。





山の気配をまとう、フランチャコルタ前編フランチャコルタの東の端、グッサーゴ。この地に立つと、よく知っているはずのフランチャコルタが、少し違って見えてくる。湖から離れ、山へと向かう斜面。
標高があり、風が抜け、昼夜の寒暖差がはっきりと刻まれる...
01/05/2026

山の気配をまとう、フランチャコルタ
前編
フランチャコルタの東の端、グッサーゴ。
この地に立つと、よく知っているはずのフランチャコルタが、少し違って見えてくる。
湖から離れ、山へと向かう斜面。
標高があり、風が抜け、昼夜の寒暖差がはっきりと刻まれる。
土壌は石灰質で乾いている。
整えられた産地というより、
自然の輪郭がそのまま残っている場所。
GussagoにあるAndrea Arici。
派手さはない。けれど、この静けさの中に、確かな個性がある。
この場所で生まれるフランチャコルタは、
きっと少し違う。
続き





【題名】
石と時間のあいだにあるもの【下篇|一本のワイン】並んだボトルの中で、それは静かに同じ姿を保っている。
わずかに歪んだ輪郭は、
Gattinaraの畑に転がる岩のように、
整えられすぎない自然さを持っている。Travagliniのボ...
28/04/2026

【題名】
石と時間のあいだにあるもの
【下篇|一本のワイン】
並んだボトルの中で、それは静かに同じ姿を保っている。
わずかに歪んだ輪郭は、
Gattinaraの畑に転がる岩のように、
整えられすぎない自然さを持っている。
Travagliniのボトルは、
澱を留め、同時にわずかに空気を含む。
小さなデキャンタのように、時間を内側に抱え込む形。
ここではネッビオーロは、スパンナと呼ばれてきた。
土地に根ざした古い名。
かつては軽やかなワインの時代もあったが、
この一本は、ネッビオーロだけで静かに造られている。
その呼び名の奥に、今の解釈が重なっている。
ラベルにあるTre Vigneは、いくつかの区画の重なり。
火山性の土と石の断片が、ひとつの輪郭をつくる。
グラスに注げば、色は深すぎず、どこか引き締まっている。
香りはすぐには開かないが、やがて
乾いた花、赤い果実、そして鉄の気配が静かに立ち上がる。
使い込まれた大樽は輪郭を整え、
小さなオークはわずかな温度を与える。
そして瓶の中で、すべてはゆっくりとひとつになる。
口に含むと、酸が細い線を描き、
ネッビオーロの緊張感が静かに続く。
派手さはないが、余韻は長く、消えずに残る。
それは語りかけるワインではない。
ただ、グラスの中に土地がそのまま続いている。

E poi, basta.





石と時間のあいだにあるもの【上篇|土地と造り手】ピエモンテの北、
Gattinaraという小さな土地。
火山性の土壌と、大きな岩が無造作に残る畑。
整えられた美しさではなく、削られたままの風景。ここで育つネッビオーロは、スパンナと呼ばれる。...
24/04/2026

石と時間のあいだにあるもの
【上篇|土地と造り手】
ピエモンテの北、
Gattinaraという小さな土地。
火山性の土壌と、大きな岩が無造作に残る畑。
整えられた美しさではなく、削られたままの風景。
ここで育つネッビオーロは、スパンナと呼ばれる。
同じ品種でありながら、その響きはどこか素朴で、土地に近い。
かつてこの地は広く知られていたが、
時代とともに評価の中心は南のLangheへと移っていった。
豊かで分かりやすいものが選ばれる一方で、
静かなものは、少し遅れて理解される。
それでも、この土地に根を張り続けてきた造り手がいる。
Travaglini。
変わりすぎることなく、ネッビオーロという品種と向き合い、
土地の輪郭をそのまま残すようなワインを造り続けている。
石のあいだに根を張るように、
この土地とワインは、静かに在り続けている。
Il vino è la poesia della terra.
— Mario Soldati





門前仲町

ワインは、土地ではなく「時間」を飲むものかもしれない。終章:液体に宿る予兆— 一本のワインという未来そして再び、一本のボトルに戻る。760メートル、あるいは1200メートル。その数字は単なる高さではない。それは空気の薄さ、昼夜の寒暖差、火山...
21/04/2026

ワインは、土地ではなく「時間」を飲むものかもしれない。

終章:液体に宿る予兆
— 一本のワインという未来

そして再び、一本のボトルに戻る。760メートル、あるいは1200メートル。その数字は単なる高さではない。それは空気の薄さ、昼夜の寒暖差、火山灰の粒子の粗さ、風の強さ――そうした無数の要素の集積であり、ひとつの液体に凝縮された地形そのものだ。

グラスを傾けるとき、そこにあるのは、もはやワインではない。火山の記憶であり、越境した人間の意思であり、そして世界がいまどこへ向かっているのかという、静かな予兆である。

そこから先は、言葉の外にしかない。




#五感で味わう
#余韻がすごい
#ワインのある暮らし
#言葉の外で散文

住所

富岡1−24−9第3新堀ビル3F
Koto-ku, Tokyo
〒1350047

営業時間

月曜日 18:00 - 00:00
火曜日 18:00 - 00:00
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