17/02/2024
コーヒーをやっている身から考えるマイエスプレッソカップの文化
マイエスプレッソ文化が広まれば、より楽しいコーヒーの世界があると思っている
バリスタにとっても、コーヒー業界にとっても、エスプレッソを飲む人にとっても素敵な未来があると信じてカップをお取り扱いさせてもらっている
おそらくコーヒーを淹れる人にとってエスプレッソは特別なものではないだろうか
少なくとも僕にとっては特別なものだ
長い道のりを経て飲まれる直前の姿になったコーヒー豆が、あのエスプレッソを落とす30秒前後に集大成を迎えると考えたら、すごく重要な30秒ではないだろうか
関わってくれた人やコーヒーのためにも有終の美を飾りたい
特別だと思う理由はいくつかあるけど、大きな理由の一つは誤魔化しが効かないこと
シンプルにど直球で淹れ手の技量が問われるから
それは豆選びから始まる
焙煎をしない人ならば美味しいエスプレッソを淹れられる焙煎豆を選ぶところから
焙煎をする人ならば、生豆を選ぶところから焙煎、ブレンドの比率などから
僕が焙煎を始めた理由は、エスプレッソを淹れて調整が上手くいかなかった時、焙煎のせいにしてしまいそうで怖かったからだ
いくら自分で選んだ焙煎豆だからといって、そこには少し逃げ道があるような気がしてしまった
もちろんロースターと密にコミュニケーションをとり、信頼関係を築き、出来上がった豆なら何の問題もないし、上手くいかなかった時に自分の原因を探し続けられる人なら全く問題はないのだけど、当時の僕はもっと未熟だったので、前途の考えしか浮かばなかった
もちろんエスプレッソの調整もめちゃくちゃ大事
サボっていればすぐに分かるし、エイジングやその日の可変要素にとても影響する
常に気を配ってないと、毎回ベストのエスプレッソを出すのは難しい
少し逸れたけど、なぜマイエスプレッソカップが文化になれば面白いのか
淹れ手はマイエスプレッソカップを持ってきてくれた人に対して、程よい緊張感を持ちコーヒーを淹れるようになるのではないかと思う
また、飲み手がより様々なエスプレッソを知るによって自分で選択をする
その流れができれば、街から国、全体の淹れ手の技術が上がりどこでも美味しいエスプレッソを飲めるようになるのではないだろうか
まだまだ書きたいことは沢山あるけど、いつ終わるかわからないので今日はこれくらいで。