07/03/2017
【朝日新聞】(連載:いま子どもたちは)五つの休校:7 3人だけの練習、楽しい思い出
福島県立双葉高校の野球部主将だった松本瑠二(りゅうじ)さん(18)は4月から、技術職として東京電力で働く。
入社を考え始めたのは、高校2年のとき。福島第一原発の廃炉作業をテレビのニュースで見た。大変さに気が重くなった。
「地元の復興に廃炉は欠かせない。自分が支えたい」。教師志望から考えが変わった。
原発事故で、ほぼ全域が4年半、国の避難指示区域となった楢葉町の出身。約30キロ離れたいわき市をはじめ埼玉県、福島県下郷町と避難し、町の中学に入学。2年に上がるとき、楢葉町が市内に開校したプレハブの学校に移った。
苦境を強いられながらも東電への入社を望んだのは、身近な会社だったことも大きい。震災前、父親は東電の関連会社に勤め、第一原発で働いていた。
入社面接でアピールしたのは野球部での活動だ。だが、高校入学後、すぐには入部しなかった。野球は小学3年で始めたが、仮設の楢葉中に野球部はなかった。2年間のブランクがあり、ためらった。
3人いた先輩たちが毎日のように誘ってきた。バットで思い切り打たせてもらうと、昔の感触を思い出した。入部したのは4月の終わりだ。
夏の甲子園に3回出場した名門校だが、大会にはこの3年間、同じように部員が足りない高校と連合チームで出場した。実戦練習ができるのは週末だけ。車で往復3時間かかる連合チームのグラウンドに通った。
昨年7月の最後の試合。6番・捕手で先発し、無安打に終わった。もう1人の部員、及川彰大(しょうだい)さん(18)は、九回に代打で出て四球。マネジャーの渡辺陽奈(ひな)さん(18)はベンチで声を上げ続けた。0―5だった。
3年になってから、平日は3人だけでの練習だった。渡辺さんもグラブを持ち、球拾いでカバーに入った。松本さんは「終わってみれば楽しい思い出だった」と話した後、力強く、こう言った。
「休校は残念だけど、いつか必ず再開させたい」(岡本進)
(No.1244) 福島県立双葉高校の野球部主将だった松本瑠二(りゅうじ)さん(18)は4月から、技術職として東京電力で働く。 入社を考え始めたのは、高校2年のとき。福島第一原発の廃炉作業をテレビの…